トップ > 街角Menu >このページ 本町から北浜までぶらり散歩 本町から株の街北浜まで、堺筋に沿って歩きます 心斎橋筋との境目は三休橋筋、この三休橋筋を北に向かって歩けば 中之島の中央公会堂のつきあたります
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綿業会館 昭和6年(1931年) 大阪市中央区備後町2丁目 国際連盟満州事変調査団の宿泊箇所としても 使われたようで各国の要人が来館したそうです 比較にも喩えにもなりませんが私の勤める会 社も、ここの会議室に何度かお世話になりました ::: photo 2003/8 :::
鹿児島銀行 大阪支店 昭和初期 大阪市中央区安土町2丁目 端正な正面顔に、広い飾り窓が綺麗な建物です クリーム色の壁面は、暮れかけた時刻の街にも 柔らかかな風景をかもし出していました ::: photo 2005/3 :::
船場ビルディング 大正14年(1925) 大阪市中央区淡路町2丁目 パティオ風の中庭がある珍しいビルです 正面の懐かしい感じのするエントランスを 抜けると明るい吹きぬけのホールを囲むように いろんな事務所が並んでいます ちょっとした所にも、緑を置いている妙に 落着けるビルでした ::: photo 2003/9 :::
小川香料ビル 昭和5年(1930) 大阪市中央区平野町2丁目 ここの会社のホームページでお仕事内容、 「香料(フレーバー、フレグランス)の研究開 発」とありました お仕事も環境からの実践であれば、うらやまし いかぎりです ビルに向かって右側の階段エントランス入口 のステンドガラスもきれいでした ::: photo 2003/10 :::
武田道修町ビル 昭和2年(1927) 大阪市中央区道修町2丁目 レンガの赤が眩しい様な、決して年代を感じさせ ない建物です 南側にある倉庫らしき建物も趣きがあります ::: photo 2003/10 :::
八木通商(旧大阪農工銀行) 大正6年(1917) 大阪市中央区今橋3丁目 イスラム建築に見られるアラベスク調の素焼きの 陶板(テラコッタ)で飾られたビルです レンガの赤より柔らかな色合いの中、「瀟洒」を 感じさせる建物です ::: photo 2003/9 :::
浪花教会 昭和5年(1930) 大阪市中央区高麗橋2丁目 街の風景に溶け込んで、何気なく建ってる そんな感じのする建物です 近くで観察すれば、建物自体が過ぎた時間を 全身で受け止めたような趣がありました ::: photo 2003/9 :::
旧大中証券 明治45年(1912) 大阪市中央区高麗橋2丁目 今の正式なビル名称を確認し忘れました (次に通った時確認します) 大中証券←大阪教育生命保険といずれも金融業 で使っていたいただけに重量感を放っていました 今では、フランス料理店の「シェ・ワダ」です ::: photo 2003/9 :::
青山ビル 大正10年(1921) 大阪市中央区伏見町2丁目 個人の住宅として建てられたこの建物ですが、 今は老舗の喫茶店として使われています 夏は蔦が正面全体を覆って、写真とは違った趣 をかもし出しています 外の雑踏を忘れてゆったり静かなコーヒータ イムが似合いそうなお店です ::: photo 2003/12 :::
伏見ビル 昭和3年(1928) 大阪市中央区伏見町2丁目 上の青山ビルの西隣に建ってます 外壁のグレーの塗装がこの建物にとてもマッチ して、3階窓の上飾りを引き立てていました ::: photo 2003/12 :::
旧東京貯蓄銀行 大阪支店 大正9年(1920) 大阪市中央区平野町2丁目 残念ながら解体されました このビルの最後のお仕事は、日本短資大阪支店 として使われ、今は看板もはずされたままの姿 です がっしりとした石組みと柱と棟屋をつなぐ曲 線の美しいビル、まだまだ現役として、ここに 残ってほしい建物です ::: photo 2003/12 :::
イトーキクレビオ 昭和11年(1936) 大阪市中央区平野町2丁目 上の旧東京貯蓄銀行の北側に建ってます こちらも石組み飾りで重量感を表現し、煉瓦の赤 色が暖かさを感じさせます この建物には、いつも路上駐車の車が正面に止 まっているんですが、この日はたまたまのシャッ ターチャンスでした ::: photo 2003/12 :::
三井住友銀行 昭和11年(1936) 大阪市中央区高麗橋1丁目 合併前の三井銀行大阪支店の建物です 大きな柱が旧財閥銀行の威厳を守っていたのでし ょう 最上階の壁飾りや窓の形の美しい建物です ::: photo 2003/12 ::: ::: photo 2009/5拡大写真更新 :::
高麗橋野村ビルディング 昭和2年(1929) 大阪市中央区高麗橋2丁目 曲線と直線を綺麗に組み合わせたこの建物は、 北浜界隈でも目立った美しさを鼓舞しています 聞いたところによりますと、最上階に個室を お持ちのこの会社のトップの方は、このビルに 強い愛着をお持ちだとか ::: photo 2003/12 :::
新井ビル 大正11年(1922) 大阪市中央区今橋2丁目 旧報徳銀行大阪支店、北浜にあって金融に無関係 のビルは、ほとんど無いんでしょうね 今はレストランに使われているこのビルは、 瀟洒な感を残した現役の建物です ::: photo 2003/12 :::
北浜レトロビル 大正2年(1913) 大阪市中央区北浜1丁目 ビルとビルにはさまれ、ちょこんと建ってるてな 感じの建物です 株の街北浜で、株の売買の会社として建てられた このビルは、今では喫茶のお店になつてます ::: photo 2003/12 :::
三 越 大正9(1920)年 大阪市中央区伏見町1丁目 2005.7月残念ながら解体されました どこかにエレガントな雰囲気を漂わせるのは、 正面の冠のように見える三越マークのせいでしょうか 白い外装色にもマッチしています ::: photo 2004/01 :::
生駒ビルジング 昭和5(1930)年 大阪市中央区平野町2丁目 壮麗な建物です。 茶色の色合いが見るものに重量感を与え、建物 全体を包むデザインに安定感をもたらすようです ::: photo 2004/01 :::
印度ビル 昭和初期 大阪市中央区道修町1丁目 北浜のあの有名な小西六さんの商家造りのある角を 東に歩けば、見つかります このあたりも、うろついていたのですが、私自身は 気づかずに今まで見逃していましたが、HPチェック で、大阪を愛するサイト「まさきちさんのサイト」 http://page.freett.com/masakichi7/ を拝見、てくてくしてきました まさきちさんのサイトによれば、 「昭和初年、薬種問屋新良貴徳兵衛商店として 当時珍しかった鉄筋コンクリート3階建てが建てられた (施工:大倉組)新良貴家が終戦後まで商住に使用し、 第二次世界大戦時の焼夷弾をくぐり抜け残った。」 (原文、コピーさせていただきました) だそうです 飾り窓が柔らかく、クリーム色が綺麗なこの建物 街の建物を大切にする方々のご尽力により、様々なイベント を企画されているようです。 実りが大きなものになられるように願っております ::: photo 2005/10 :::
岸本瓦町邸 昭和6(1931)年 大阪市中央区瓦町1丁目 石貼りのシックな建物です 鉄の輸入業を営む岸本家、その中でも美術に深い造詣 をもつ吉左衛門氏が、仕事での洋行先で気に入った 英国調にと、建てたのがこの建物だそうです ちなみにルノワールの「すわる水浴の女」は、岸本吉 左衛門氏がパリの画廊に日参の結果、日本に持ち帰っ たもの(後にブリヂストン美術館へ寄贈) 彼が、持ち帰って飾ったのがこの建物の中の・・・ こんな想像も浮かぶような建物です ::: photo 2004/03 :::
トキワビル 昭和5年頃(1930)年 大阪市中央区高麗橋1-6 この建物の昼と夜のお顔が全く違います この違ったお顔の原因は、このビル1階にあるBEER&WHISKの YAMANEKOさん レトロな店内は、シンプルでいてどことなく懐かしさを感じる 造りです お店はお若いご夫婦が経営、奥様はレトロなビルに程好くマッ チしたお着物姿がお似合いです ::: photo 2007/11 :::
大阪証券取引所ビル 昭和10(1935)年 大阪市中央区北浜一丁目 正面の曲線を持つ建物外壁部分が竣工時の姿です 後ろに建つガラスの高層ビルは、2004年12月竣工した新家屋 米の先物取引に始まる当時の大坂の金融市場を引継ぎ1878年 (明治11年)に大阪株式取引所としてこの地の相場経済を担 った建物です ::: photo 2005/02 :::
福原ビル 昭和7(1932)年 大阪市中央区北浜東 旧国光生命大阪支店 国光生命は明治40年開業、昭和8年に東海保険・蓬莱保険 中央保険と合併、昭和生命保険と名を変え、その後昭和16年 第一生命に吸収されたそうです 土佐堀通りの今橋との分かれ道、細く綺麗な曲線をもつこの 建物、多くの人の行き交いを見続けてきたのでしょうね 最上階の窓辺は、土佐堀川に浮かぶ中之島を正面にすえて 眺めることができる方向です ::: photo 2004/05 :::
辻調理師専門学校 大正15(1926)年 大阪市中央区北浜東 元大林組の本店でした 私が通ったこの時にたまたま出会った風景は、専門学校の 生徒さんに混じって、真っ白な背の高い帽子をかぶったシ ェフ先生が、この建物の前を歩く姿でした とても綺麗な絵になっていました 大林組さんは、道の向かい側にお引越ししていますが、 HPの企業理念に 「自然と調和し、地域社会に溶け込み、豊かな文化づくり」 とありました 是非そうであって頂きたいものです ::: photo 2004/05 :::