トップ > 街角Menu >このページ 難波から本町界隈ぶらり歩き 難波から日本橋、島之内、長堀橋、本町と続く堺筋沿いには、街の真ん中にありながら ちらほらと『いい顔』をしたの建物を見つけることができます なにわ商人の住まいが多かった「島之内」、江戸時代の金属生産地から、宝石問屋さん が多く見かけられるようになった街、「長堀橋」、そして繊維の街「船場」一昔前は 誰もが街の名前でその場をイメージできたんでしょうね
大阪島(南海ビルディング) 昭和5年(1930) 大阪市中央区難波5丁目 「島屋の前の時計の所で・・・」 南での待ち合わせに、よく使った場所です 今でも、人の流れが絶えることはありません ::: photo 2003/9 :::
旧精華小学校 昭和4年(1929) 大阪市中央区難波3丁目 島屋から交差点を渡り戎橋商店街を道頓堀に 向かって歩き、右側の商店の並びが少しだけ途 切れたところにこの正門を見ることができます なんばは、北と対抗する繁華街 そして大阪商人の集まる街の、その子供達が通 った学校 経過した長い時間は、多くの人の想い出を作っ てきたことでしょう 今は、大阪市精華生涯学習ルームとして利用さ れています ::: photo 2004/10 :::
フジ医療器 昭和13年(1938) 大阪市浪速区日本橋5丁目 残念ながらH20年取り壊し 当時中学生の私が初めて日本橋をぶらついたのは、 無線に使う真空管を探す目的からでした 当時の電気屋さんは、コンデンサやらトランジスタ やら、部品のバラ売りコーナーが多くあり、目的の 部品探しにウロウロしたものです 今の日本橋をうろつくパソコン小僧も「物」は変 わってもやってる行動はそんなに変わってはないよ うです そんな街の、電気の街の銀行として作られたこの 建物は、毎日集金袋を持って出入りする人たちで、 賑わっていたことでしょう ::: photo 2003/12 :::
大阪島屋東別館 昭和9年(1935) 大阪市浪速区日本橋3丁目 元は名古屋の松坂屋が大阪進出の為総力を尽く して建てたと言われるビルです 電気の街「日本橋」でも、ひときわ大きな建物 ですが派手なアピールもせず、じっと建ってる という感じのする昔から気になる建物です ::: photo 2003/11 :::
日本フリーメソジスト教団 大正14年(1925) 大阪市中央区日本橋1丁目 日本フリーメソジスト教団大阪日本橋キリスト教会 が正式名称だそうです 2003年もあと僅かな日を残すだけとなったこの 日、師走の町はご覧の通り道路も渋滞、一本東の 黒門市場は、お正月前の買い物客でごった返して いましたが、この教会はいつもどおりの端正な顔 を見せていました ::: photo 2003/12 :::
大阪信金 大阪市中央区島之内2丁目 何の変哲も無いように見えますが、左塔屋飾りが 遠慮がちについてます 殆ど気づかず通り過ぎそうな建物ですが、この街 でしっかり馴染んでいました ::: photo 2004/2 :::
久野産業 昭和時代 大阪市中央区島之内2丁目 日本橋と長堀橋にはさまれたエリア「島之内」は 昔は、大阪商人の居宅が多い下町だったそうです 今でも生活感の漂う不思議な地域です そんな中堺筋通りから一本東の通りに建つこの 建物、とてもすっきりした顔つきのビルです 正面は事務所、向かって左奥が作業場・倉庫も、 しっかり大切に使われておりました ::: photo 2003/9 :::
松竹座 大正12年(1923) 平成9年改装 大阪市中央区道頓堀1丁目 私が高校から大学生の頃、映画館としてお世話に なった建物です。 確かポセイドンアドベンチャーもここで見て、 わくわくどきどきしたような・・・・ 古くは松竹楽劇部後のOSKの舞台として様々な人達 が、華やかな思い出を持つ建物なんでしょうね 映画館といえば、南街劇場もつい先日閉鎖し、新たな 姿に変わるべく工事中です できれば、この松竹座と同じく、以前の面影をどこか に残して頂きたいと思いました ::: photo 2004/3 :::
大丸 昭和8年(1933) 大阪市中央区心斎橋筋1丁目 大丸心斎橋の竣工は島屋と同じ昭和8年 ヴォーリズの設計との事で、些細なところ例えば 中階段踊り場などにも、凝った装飾が残ります ::: photo 2003/11 :::
山本幸 大阪市中央区南久宝寺町3丁目 一階と二階の間の黒く帯状に映るのは瓦のひさし 心斎橋筋と南久宝寺がクロスする角に建ってます 古くから糸物問屋さんが多いこの地だけに、当時 の西洋建築に、「和風を織り交ぜた建物を!」 建造に当たられた方々の気持ちが見えるような 建物です ::: photo 2005/5 :::
三木楽器 大正13年(1924) 大阪市中央区北久宝寺町3丁目 北向きのビル入り口は、写真のような煉瓦色に 四角い窓の綺麗な顔で、西側の心斎橋筋の賑わ いからは全く違った顔を見せてくれます どちらかいえばやや硬い感じのする建物です ::: photo 2003/12 :::
中央鍍金工業 大正時代 大阪市中央区島之内1丁目 江戸時代の日本は世界有数の銅生産国であり この長堀界隈がその中心地だったそうです この建物は長堀「住友銅吹所跡」のすぐ近く に建つビルです 現在、鍍金工場として使われ外壁にすすがつ いていましたが、銅精錬と鍍金の取合せに加え ここで働く人を見守るような柔らかな印象を与 える建物でした ::: photo 2003/9 :::
明治製菓大阪支店 昭和10年(1935) 大阪市中央区島之内1丁目 さすがに食品会社、外壁は白く綺麗に保ってい ます 改装を重ねたこの建物の最初の姿は、1階正面の 柱のあたりに面影を残すのでしょうか ::: photo 2004/2 :::
旧第一勧銀高麗橋支店 正面柱 大正15年(1926) 大阪市中央区南船場2丁目 旧第一勧業銀行高麗橋支店は、大正15年(1926年)に竣工 平成4年(1992年)に解体されました 平成3年頃旅行の仕事で、このあたりの会社の団体旅行を お引受けしていた当時、観光バスの配車場所はこの建物前 レトロで堂々とした建物は、旅行を終えて解散するお客様 にも妙な安心感と旅行の満足を与えていたように思います 残された柱は、堂々とした当時の姿を覚えている人たちの 思い出を繋ぐのでしょうか ::: photo 2004/11 :::
原田産業株式会社 昭和3年(1928) 大阪市中央区南船場2丁目 このビルは、私の通う居心地の良いお店のすぐ 近くにあるのですが、へろへろに酔った目から もしっとりした綺麗なビルに写ります 私は、正面ポーチから見える階段踊り場が見 える夜の姿が好きです ::: photo 2003/7 :::
農林会館 昭和5年(1930) 大阪市中央区南船場3丁目 ここも上の原田産業さんのビルの近く立ってます 旧三菱商事大阪支店だったそうです このビルでお仕事している人達は皆さん口を揃え て言われる事は「天井が高いよ」でした ::: photo 2003/7 :::
安栄ビル 大阪市中央区南船場3丁目 農林会館の西側に建つこの建物 何かしら懐かしさを感じさせる空間です 建物の中ではこのレトロな雰囲気を大切 に使うお洒落なお店が多くあります ::: photo 2005/6 :::
age 大阪市中央区南船場2丁目 農林会館の斜め向かいの建物です ご近所さんが言われるには「原田さんより後に建った」 との事ですが詳しいことは分かりません 何度も改装を重ねたこの建物、今は窓の形も原型とは すっかり変わっているようですが、夜のライトに写る 壁の影から、やさしい面影がすかして見えそうです お店の名前も age(年齢)と洒落てます ::: photo 2004/4 :::
クツワ株式会社 大阪市中央区南久宝寺1丁目 明治43年創業のこの会社、文具関係のお仕事を され、この本社ビルを建てられました 今は本部機能を東大阪の大阪紙文具流通セン ターに移されたようで、今この建物は使われて いないように見えます 最上階の真ん中の窓にアクセントを置いた この街にしっかり馴染んでいる建物です ::: photo 2004/2 :::
旧川崎貯蓄銀行 大阪支店 昭和6年(1931) 大阪市中央区南船場1丁目 現在レストランになってますが、その前は、 京都共栄銀行大阪支店でした レストランは、内装に大きな改装を加えずに 入り口奥に見える大きな金庫室をワインセラー に利用してます ランチタイムは御手頃料金で、いつもと違っ た時間が過ごせます ::: photo 2003/8 :::
又一ビルディング 大正8年(1919) 大阪市中央区久太郎町3丁目 写真に写る外壁を残し昭和58年に新築建替とな りました 旧大谷仏教会館であったこの建物は、テラコッ タで飾られた外壁はルネッサンス様式の壮麗感 漂う重厚なビルであったと記憶しています ::: photo 2003/11 :::
明治屋ビル 大正12年(1924) 大阪市中央区南本町2丁目 丸みの強調されたモダンなビルです クリーム色のタイルも柔らかさを重ねています でもこのビル、大正時代の建築物とは、全く 感じさせないほど一線級の現役ビルです ::: photo 2003/12 :::